今、世界中で抹茶ブームが起きています。
海外のカフェではMATCHAラテが人気メニューになり、抹茶スイーツも次々に登場。
「MATCHA」はすでに、日本文化の象徴のような存在になりつつあります。
けれど、この状況を少し不思議に感じることがあります。
それは、日本人自身が「抹茶を点てて飲む」という文化から、意外と遠い存在になっているということです。
抹茶味は好き。けれど、抹茶は点てない。
日本では、抹茶ブームが起きるずっと前から、抹茶味のスイーツやドリンクは身近な存在でした。
- 抹茶アイス
- 抹茶ケーキ
- 抹茶ラテ
コンビニでも、カフェでも、当たり前のように並んでいます。
小さな子どもでも「抹茶味が好き」と言うくらい、日本人にとって抹茶は馴染みのある味です。
それなのに、
「じゃあ自分で抹茶を点ててみよう」
という発想には、なかなかならない。
これは少し不思議なことだと思いませんか?
距離を生んでいるのは、茶道への“思い込み”かもしれない
その理由の一つは、茶道に対するイメージにあるのかもしれません。
茶道と聞くと、
- お茶室で
- 正座をして
- 難しい作法を覚えて
- 特別な人がするもの
そんな印象を持っている人は少なくないでしょう。
もちろん、それも茶道の一つの姿です。
ただ、私はこうも思うのです。
茶の時間は、もう少し自由であってもいい。

「点てる」は、特別な儀式ではなく“思考を休める動作”
抹茶を点てて飲むという行為を、特別な儀式ではなく、日常の中の一つの楽しみとして捉えてみる。
お湯を沸かし、抹茶を入れ、茶筅を振る。
それだけのことです。
けれど、ふわっと立ちのぼる湯気を見ていると、不思議と心が落ち着いていきます。
抹茶の香りを感じながら、ただ静かにお茶を点てる時間。
その時間はほんの数分かもしれませんが、忙しい日常の中では、意外と貴重な時間でもあります。
思考疲れの時代に、私たちが失っているもの
現代の私たちは、いつも何かを考えています。
スマートフォンを見て、SNSをチェックして、情報を追いかける。
気がつくと、頭の中がずっと忙しいままになっていることも少なくありません。
そんな時、ほんの少し立ち止まる時間があると、思考が静かになることがあります。
抹茶を点てる時間には、そんな小さな余白が生まれるのかもしれません。
余白は、サボることではなく、回復すること。
そして、ひらめきは多くの場合、忙しさの真ん中ではなく、余白の中から顔を出します。
抹茶は、もっと気軽に楽しめる
抹茶は、特別な世界のものではなく、もっと気軽に楽しめるもの。
カフェで飲む抹茶ラテももちろん美味しいですが、自分で点てる抹茶にはまた違った楽しさがあります。
好きな時に、好きな場所で、少しだけ立ち止まる時間を作る。
そんな風に抹茶を楽しむ人が、これから少しずつ増えていったら素敵だなと思っています。
おわりに|「茶道をほどく」ことは、現代をほどくこと
茶道は、近寄りがたい世界である前に、五感を取り戻し、思考を休ませる技法でもあります。
「抹茶は好き。でも茶道はやらない」——その距離の正体をほどいていくことは、
忙しさに追われる現代の私たち自身をほどいていくことにもつながるのかもしれません。
著者:髙野麻衣子(椿の会テーブルスタイル茶道 師範)|名古屋・オンラインを中心に活動。現代の暮らしに合う茶の時間を提案し、「余白・五感・抹茶・思考休息」を軸に発信中。

